2006年9月下旬、9年間過ごした東京を後に、私はいったん故郷へと帰ってきました。羽田空港から飛立つ時に何とも言えない気持ちになり、少し涙が出た。
そう、私が「一度はジャズの本場・ニューヨークで暮らしてみたいナァ」と考え始めたのは、トコさんと出会う前でした。
しかし、当時の私はまだまだ何も知らないし、叩けないし、若かったしで、海外への単純な憧れだったような気もします。
だから、トコさんと出会えて東京で得られたものがたくさんあった事に感謝しつつ、以前とは違う感覚でニューヨーク行きを決意しました。
生前トコさんは「世界にはもっともっとスゴいヤツがいるからね、若いうちにできる事やって、そのレベルを観ておく事は大切だよ」と私に言ってくれてました。ご本人も30代前半にニューヨークで活動していたし、実体験を基に話してくれたのでしょう。
私にとって、ジャズを愛する人がニューヨークに行きたくなるのはごく自然な事で、おすもうさんが外国から日本に来たり、クラシック音楽の人たちならヨーロッパへ行ったりするのと同じ事だと思います。その土地で生活をして、分かっていく事がたくさんあるはずだと。
そして、帰ってきましたー!
2006年末にはビザも下りて年明けに渡米か? と予定していましたが、案外、手間のかかる作業でして…。いつ行けるの? 私。(汗)
ま、ビザの決着がつくまでは、地元でできる限りの活動をしようと思い、あっちゃこっちゃと顔出したり、連絡を取ったりしました。
高松市内にSPEAK LOW、丸亀にD's CLUBというお店が知らないうちにできており、いろんなミュージシャンのサイドメンとして多数出演させてもらいました。
地元のミュージシャンやお店の方々のためにも、私がもっともっとグレイトになっていろいろ伝えてあげられればイイナァと思います。
そう、野望を叶えるためにも、私はまだまだやる事がいっぱいあるのです。それができる自分の状況に感謝します。家族、幼なじみ、音楽仲間、地元の友人。皆さんが私を支えてくれているという感じです。
ありがとうございます。